バロック期から現代までのマンドリン変遷の歴史


オランダの弦楽器奏者で教諭のアレックス・ティメルマン / Alex Timmerman(http://alextimmerman.nl)が、バロック期から現代までのクラシックマンドリンの変遷を詳細なデータと美しい楽器の写真をふんだんに使い、とても分かりやすくまとめていた。
現在主流のナポリ、ローマ型はもちろん、希少なジェノバ、ミラノ、クレモナ型まで。それぞれの楽器にどういった素材の弦を用いていたのか、また各調弦や演奏時に適当と思われるピックの素材まで記されている。
歴史年表を眺めるかのように個性的な楽器群を一望すると見えてくるのが、やはりペルシャや中東、アジア圏の楽器との類似性や相違性。一般的な楽器解説書やWikipedia等に記載されている大雑把な区分やデザインからは想像が難しい細やかな部分を視覚的、体系的に補完出来る。

※以下、この体系図を見た私の直感的な感想です。音楽や楽器、歴史に詳しい方がいらっしゃったら適宜、訂正やご指摘を頂けたら幸いです。特に16世紀から19世紀のイタリア史、音楽史を交えて考察しないと見えて来ないものもあるかと思います。

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『1. Mandola』は明らかにリュートから派生した形状で、そのすぐ後に続く『2. Mandolino』は現代のバロック音楽界でもヴィヴァルディやスカルラッティ等を弾いている様子を度々見かける。弦やフレットにはガット(羊等の腸の束を捩って乾燥させた紐状のもの)が使われ、楽器のサウンドはいわゆる現代のマンドリンのような煌びやかで郷愁感溢れるトレモロ音というより、端正なバロック音楽に合った比較的慎ましい音色。

『8. Colascioncino』という楽器はこの体系図で初めて知ったが、ペルシャのセタールやトルコのサズからの影響を感じる。アジア圏ではカザフスタンのドンブラが同じ系統の楽器だろうか。単弦2コースか3コースで五度または四度調弦というのもそれらしい。『9. Mandolino』は『8. Colascioncino』からの派生型で、その脇の小型化された楽器は撥弦楽器だが、どことなくギリシャのリラやトルコのケメンチェの様にも見える。現代にも僅かに残る『14. Mandolino Bresciano』は単弦4コース五度調弦楽器で、それらの系譜として考えるととても興味深い。

『4a. Mandolino Genovese』と『4b. Mandolino Siciliano』に関しては、形は非常に良く似ているが、それぞれ複弦6コース四度調弦、複弦4コース五度調弦で、地理的にはジェノバとシチリア島とかなりの差異がある。ジェノバの方がスペインに近く、もしかするとスペインの弦楽器バンドゥリアとの相関性もあり得るのではないか?とも考えたが、尤も地中海を船で移動すれば陸路よりも早く情報伝達が出来た時代なので、距離はあまり関係がないかも知れない。ちなみに、現代の主流の一つであるローマ型楽器『6. Mandolino Romano』の派生型として記載されている『12b』は、ポルトガルの国民的音楽ファドで使われるポルトガルギターと似たヘッドの形状をしている。どちらが先かは不明だが、これも近代におけるマンドリンの多様な変化の一つとして留意すべきだろう。

特筆すべき『3. Chitarra Battuta』は、その形状がくびれたギター型であるにも関わらず、現代の主流マンドリンであるナポリ型とローマ型の原型になっている。どのようないきさつで「くびれ」が作られ、そして無くなり現在の形に至ったのか。また、本楽器は指か鳥の羽で金属弦を弾くと書いてあるが、「Battuta」という言葉はイタリア語で「叩く」という意味で、叩く弦楽器というのは現代の東欧諸国(例えばハンガリーのウトガルドンという打弦楽器)にも所々残っており、その名称の由来と関連性については想像の域を出ない。

最後に、個人的に最も気になっていた単弦6コース四度調弦の『13. Mandolino Lombardo(Lombardoとは北イタリアのゲルマン系ロンバルド人の事)』という楽器が、18世紀の中頃に『2. Mandolino』から枝分かれしたという事が分かって目から鱗だった。現在の主流であるナポリ型やローマ型と大きく異なる性質は、やはり別のルーツがあったのだと。

イタリアは北と南では民族性が大きく違うと言われているが、楽器にもこれほどまでの多様性が見てとれて驚くばかり。